創業1887年の老舗

駒井園は、初代駒井國太郎(1864年:文久4年~1919年:大正8年11月16日59才死亡)が現在の埼玉県狭山市から現在の群馬県前橋市に来て(1887年明治20年)本町(現在地)でお茶の商いを始めたのが創業となります。國太郎は、商売熱心で倹約に努め財を成したようです。当時の本町通りは、多くの製糸問屋が店を構えており、番頭や女中を置いて盛況な商売をしていました。
その頃の生糸は横浜に持って行き、横浜の業者がアメリカに輸出していました。生糸は当時日本の最大の輸出産業であり生糸関連の業者は皆裕福な方が多かったようです。生糸の発展と共に地域全体が良かったようです。

こんな事も聞きました、伊勢崎の大きな機織り(はたおり)業の会社が伊勢崎市全体の税収よりも一店でそれよりも大きな収入を上げていたそうです。前橋近郊は色々な商人が集まり、商人宿が沢山でき、近在からも農村の人達が来て、賑わった街だったようです。

國太郎が大正8年に亡くなり息子の一人が駒井園を継いだが上手くゆかず、親戚の重郎が後を継ぐことになりました。三代目の重郎は(明治24年1月31日~昭和53年7月1日88才死亡)埼玉県狭山市堀兼の狭山茶農家の生まれで、親戚の國太郎が前橋で茶商をして成功していることで駒井園に使用人として明治36年12才で駒井園に入りました。重郎は、身体強健で身長が5尺3寸あり明治44年ころ、兵隊検査で甲種合格として、宇都宮連隊に二年位行っていたようです。隊長付きの時、夜中に喉が渇いて外にあった、かめの水を飲んで美味しかったが、次の日に見たらボウフラが沢山居たのでびっくりしたが、身体は壊さなかったそうでした。30年風邪を引いたことがないこと、赤痢に罹った時は梅干しと、白湯のみで寝ていて治したこと、いつでも、お店に出て居ることが生き甲斐でした。
子沢山で9人(女6人、男3人)の子供に恵まれました。(全員が今も健在)第二次世界大戦、昭和20年8月5日の前橋空襲によりすべてが完全に焼失しました。焼け跡にバラックの小屋を造りそこで営業を再開しました。当時は前橋駅から渋川まで路面電車が走っており、他はバス、ハイヤー、自転車、でした。道幅は9メーターぐらいでした。後にこの道が都市計画で27メーターに広がりました。また当時は、お茶屋が近所に多数でき商売競争も厳しかったようです。前橋の賑わいも糸の衰退とともに変化していきました。
昭和52年12月に四代目の榮吉(昭和5年9月生まれ)が現在の駒井ビルを建て、美枝(榮吉の妻)が来店客の接待に努め2人の子供を育てました。今は五代目健一郎(昭和42年11月生まれ)が社長となり茶業に邁進しております。

平成23年6月7日

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会社概要

会社名 株式会社 駒井園
代表者 代表取締役社長 駒井健一郎
所在地 〒371-0023 群馬県前橋市本町2-10-5
電話番号 027-221-3644
FAX番号 027-221-3670
営業日 平日: 9:00~18:30、土・祝:10:00~18:00
定休日 日曜日
駐車場 群馬パーキング
※無料駐車券発行します
・駒井園専用駐車場:2台

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